加山雄三がコンサート活動から引退を表明!逆境を乗り越え「歌えるうちに」決断!

日本の歌
 加山雄三さん(1937年4月11日生まれ)が、2022年内で、コンサート活動から引退することを表明しました。逆境を乗り越え「歌えるうちに」と引退を決断された加山雄三さんのお気持ちにせまり、私の今後の生きる道しるべにしたいと思います。




加山雄三がコンサート活動から引退を表明!

歌手の加山雄三(85)が年内でコンサート活動から引退することが19日、明らかになった。9月9日に東京国際フォーラム・ホールAで行う「加山雄三ラストショー~永遠の若大将~」と12月に名誉船長を務める豪華客船「飛鳥2」での船上ライブ(若大将クルーズ)が最後のコンサートとなる。

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プロ意識が高く、実直な加山らしい決断だ。今年3月にビルボードライブ横浜で行ったライブでは力強く伸びやかな歌声を響かせたが、足腰が弱っていることもあり座ったままの歌唱で、トークに少し滑舌の悪さを感じさせた。年齢を考えれば、年相応とも言えるが、プロとして理想と現実のギャップを感じ、身を引く決断をしたのだろう。

前言撤回も大歓迎だ。加山には“前科”がある。78歳だった15年に「ツアー活動の卒業」を宣言したが、80歳になった18年には「ツアーではなく、全部違う独立したコンサート」として16都市16公演のコンサートを開催した。「人に頼まれると嫌と言えない性格でね。それって若大将なんだ。若大将になるために生まれて来た。今後も皆さんが喜ぶことを考えたい」と語っていた。コンサート以外でもファンが喜ぶことを提供してくれるはずだ。

地元の神奈川・茅ケ崎の後輩である桑田佳祐(66)、日本テレビ系「24時間テレビ 愛は地球を救う」で「サライ」を共作した谷村新司(73)をはじめ、南こうせつ(73)、さだまさし(70)ら数多くのアーティストに影響を与えたレジェンドだ。ラストライブには若大将を慕うミュージシャンが勢ぞろいしそうだ。(有野 博幸)

引用元:スポーツ報知

 人は誰でも「引退」の決断を迫られる時があります。極端な話、命尽きるまで現役を続ける人や、余力を残したまま現役を退く人がおられます。
 引退の理由として、自分自身のパフォーマンス発揮能力不足を感じる人もおられます。又、家族の事情や個人的な事情で、引退を迫られる場合もあります。更に、社会から認められる(必要とされるかどうかで、引き際を考える人もおられます。
 私は、加山雄三さんのコンサート活動引退には、それぞれが微妙に絡み合って、引退の決断をなされたのだと思います。
 そして、2015年に、前言撤回した加山雄三さんについても、同様の事を思いました。パフォーマンス能力の低下と家族と個人的な事情で、引退を決意されたのですが、社会的要望が強いと、「やる気スイッチ」が入ることはままある事です。人は、本来「承認欲求」を持ち続けていると言われていますので、加山さんの選択に、私は著しく賛同いたします。
 歌手の加山雄三さん(85)が、年内をもってコンサート活動を引退する。朝日新聞の単独インタビューに応じ、明らかにした。病に苦しんだここ数年で「人間、いつかは終わる」と引き際を考えたという。歌手デビューから60年超。「生涯現役」を掲げてきたが、9月9日の東京国際フォーラム公演を「ラストショー」と銘打ち、一つの区切りとする。
 引用元:朝日新聞デジタル
 生涯現役を掲げてきた、加山雄三さん。コンサート活動を引退はするが、コンサート活動を引退するだけで、歌手活動は継続できますものね。
 しかし、生涯現役を掲げてきても、生身の体ですので、無理せずに頑張っていただきたいと思います。




加山雄三は、逆境を乗り越え「歌えるうちに」決断!

 加山雄三に限らず、人の殆どは逆境を乗り越えてきています。加山雄三さんをはじめ、有名人は、逆境を乗り越えたことがマスコミで報道され、視聴者の関心が向くためにマスコミに出やすいだけだと思うのです
 しかし、その逆境に打ち勝った人生ドラマが、同じように逆境で苦しむ人々の「道しるべ」になり、「教科書」になり続けるから、影響力が高いのだと思います。
 私自身、こうやって記事を書くことになりましたが、私の小さな「逆境」や「主張」や「体験」など、ブログを書かなければ、世の中に広まることはないのです。
 そう考えると、加山さんの「生涯現役」宣言?は、コンサート活動を引退しても、継続できると思います。古い話で恐縮ですが、美空ひばりや尾崎豊等、様々な有名人が、亡くなってなお、その仕事での遺産を遺され、逆境を乗り越えた体験を、後世に伝えることができていると思います。
 私たちは、逆境を乗り越えた「体験談」を自分に当てはめて、或いは、未来の自分の危機管理に役立てるべきだと思うのです。

加山雄三の闘病歴

  加山さんは、2019年に脳梗塞(こうそく)になり、20年には誤嚥(ごえん)による嘔吐(おうと)で救急搬送され、軽度の小脳出血を起こした。昨春復帰したが、「まだ歌えるうちにやめたい」と決断。取材に「入り口があれば出口がある。もうダメだと思ったら、ぴたっとやめていく。そのけじめってのは大切だと思うんだよ」と語った。

1960年に俳優デビューし、61年に始まった映画「若大将」シリーズで人気を博した。同年に歌手デビューし、「君といつまでも」「蒼い星くず」「お嫁においで」「ブラック・サンド・ビーチ」など、次々とヒットを放った。

華々しいキャリアを誇るが、「俺はプロ意識なんて持ちたくない。いつまでも素人でいたい」「音楽っていうのは、そんなに真剣になってやるもんではないんだよ」とも語る。音楽はあくまで遊び、楽しむもの。縛られず、しなやかに自由であろうとし続けた。

一方で人気絶頂の1960年代には、不安を抱えていたとも語る。「ちやほやされているときなんて、不安で仕方なかったよ。長くは続かないのはわかっていたから」

実際、大きな苦しみも味わった。監査役をしていた親族のホテル会社が倒産し、多額の借金を背負った。イメージは傷つき、仕事は激減した。「ものすごく人気があったのに、それがなくなると周りの人はみんな遠ざかっていなくなっちゃう。その時に思ったね。ああ、この姿が本当なんだよなと。地に足が着いたんだよ」

借金で困窮して食べるものにも困った。妻と一つの卵を分け合ってご飯にかけて食べた日々だったが、借金は10年かけて返済した。

だが、そうした苦しみこそ糧になると信じてきた。「人生は苦しいことが9割。幸せは1%。経験にはみんな意味がある。良いことも悪いことも全部大切にしてきた。だからこそ今があるんだ」

「ラストショー」では自然体を貫くつもりだ。「最後だからって、特別なことを考えてるわけでもない。最後までいつも通り普通に歌うと。それができれば『ああ、良かったな』と思えるだろうね」(定塚遼)

引用元:朝日新聞デジタル

私は、加山雄三さんの「俺はプロ意識なんか持ちたくない。いつまでも素人でいたい」と言う言葉には、いつまでも成長したいと思っている、加山雄三さんの向上心が見えていると思います。

「プロ意識」も、確かに大切だとは思いますが、プロ根性は大切ですが、自分で自分をプロだと思い込むようになると、今風で言う「勘違い人間」になると思います。

「素人」でいることは、学ぶ意識や習う意識も持ち続けることだと思うのです。

マスコミ報道では、短い言葉を切り取って(文字制限もある為)文章にされますが、私たちは、そういう部分(所謂、行間を読む)を理解していくことが、自分に生きる情報になると思います。

親族の「ホテル会社倒産」に関しても、世間の加山さんに対する、その時の評価を端的に表現しているとしか思えません。

良いときは、チヤホヤされるけど、良くないときは、その逆。

私たちは、加山さんのこの経験談から、自分の今までの人生や、今後の人生で起こりうることを想定できる可能性があるのです。

私も、ぜひとも、公開して頂いた加山さんの経験を、生かしていきたいと強く思うのです。

 




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