森山良子さん(1948年1月18日生まれ)
森山良子の今を支えた環境
森山良子さんの音楽界への貢献は計り知れません。
父は、森山久さん。 日本におけるジャズトランペッターの草分けと言われた音楽家でし た。
母は、浅田陽子さんでした。オペラ歌手を目指しておられました。
現代のようにテレビやネットが普及していない当時です。 演奏会やラジオ、 レコード位しか普及するメディアがありませんでした。その頃に、 日本では馴染みの薄いジャズで先駆者になられた父親の努力は想像 を絶するものだったであると思われます。
又、母親の浅田陽子さんも同様です。
結果的に、オペラ歌手にはなれなかったとしても、その頃に、 オペラ歌手を目指していたのです。しかも、父親の久さんは、 当時住んでいたアメリカと言う環境が功を奏したともいえますが、 母親の場合は、日本でオペラ歌手を目指すと言う、 当時としてはかなりハードルの高い事に挑戦された訳です。
そのような環境の中で育った、森山良子さんは、 幅広く音楽活動で活躍されています。
森山良子は、今も現役で大活躍
森山良子さんは、先ほど記した通り、生まれながらにして、 恵まれた環境にあり、両親のDNAも引き継いで、長く、 音楽界で活躍されています。
ジャズ音楽家の父親とオペラ歌手を目指した母親から、 代表的な洋楽に触れる機会は多々あったと思います。
又、それぞれの音源も多数あったはずです。
更に、息子の森山直太朗さんがこうおっしゃっています。
「母は、自宅に、音楽界で活躍中の人々をよく招いていました。 子供の頃、『何故、 有名人が我が家に訪ねて来るのか分かりませんでした』」 ともおっしゃっています。
そして、更に、音楽のジャンルを広げてこられました。
特に、森山良子さんが力を入れたのが、フォークソング! 身近にギターがあれば、 誰からともなく気軽に歌えるフォークソングが大好きだと語ってお られます。
実にシングル65枚リリース
アルバムは、63枚リリース
紅白歌合戦出演10回です。
アルバム
編集盤は新規音源を収録のもののみ掲載
リリース タイトル 販売生産番号 1st 1967年2月10日 この広い野原いっぱい/森山良子フォークアルバムNO.1 FS-5005
TECN-184312nd 1968年1月25日 愛する人に歌わせないで/森山良子アルバムNO.2 FS-5024
TECN-184323rd 1968年9月25日 良子の子守唄 FS-8021
TECN-184064th 1969年4月25日 アイドルを歌う FS-8040
TECN-184075th 1969年6月5日 カレッジフォークアルバム FS-8044
TECN-184036th 1969年9月25日 カレッジフォークアルバムNo.2 FS-8054
TECN-184047th 1969年11月5日 良子のクリスマス FX-8001
TECN-184488th 1969年12月20日 イン・ナッシュビル/思い出のグリーングラス FX-8003
PHCL-80679th 1970年7月25日 1970 From Ryoko With Love FS-8110 10th 1971年5月15日 リサイタル’71 FS-5057-8 11th 1971年7月25日 ビートルズ、S&Gを歌う FX-8020
TECN-1843312th 1972年7月25日 旅立ち/1972 Ryoko Now FX-8031
PHCL-806813th 1972年10月25日 オン・ステージ FX-8042 14th 1973年3月5日 シングス・フォー・ユー FX-8054 15th 1973/6 ベスト・アルバム(サンライズ・サンセット) FS5082-3 16th 1973年7月2日 イン・ロンドン FX-8064
TECN-1840517th 1973年11月10日 日生リサイタル’73 FX-8078 18th 1974年1月25日 賛美歌アルバム第1集/うるわしの白百合 FX-8085 19th 1974年1月25日 賛美歌アルバム第2集/神ともにいまして FX-8086 20th 1974年5月25日 賛美歌アルバム第3集/静けき祈りのとき FX-8087 21st 1974年5月25日 賛美歌アルバム第4集/緑も深き若葉の里 FX-8088 22nd 1974年6月25日 ある日の午後/ニューオリジナルアルバム FX-8094
TECN-2093623rd 1974年10月25日 ニューフォークアルバム FX-5002
TECN-1844724th 1974年11月10日 賛美歌アルバム第5集/聖しこの夜-クリスマス賛美歌集Ⅰ FX-8089 25th 1974/12 “ライブ”(愛の歴史) 4FX-8102 26th 1975年4月25日 賛美歌アルバム第7集/この世のなみかぜさわぎ FX-8091 27th 1975年5月25日 やすらぎ FX-5018
TECN-2093728th 1975年10月25日 賛美歌アルバム第6集/さやかに星はきらめき- クリスマス賛美歌集Ⅱ FX-8090 29th 1975年11月25日 リサイタル 《そして愛を》 FS-9005-6 30th 1976年7月25日 日付のないカレンダー FX-6056
TECN-2093831st 1976年10月25日 愛…そして今/’76日生劇場リサイタル FS-9011-2 32nd 1977年8月25日 ハートの10 S-7020
PHCL-801533rd 1977年12月5日 ベスト・ライブ・コレクション(ダニーの歌/ あなたが去る時まで) 16Y-3 34th 1978年12月20日 N響と歌う S-7030
MCD-9020435th 1979年2月25日 幸せのすきま 25AH670
SRCL-185036th 1979年11月21日 輪舞 25AH882
SRCL-185137th 1981年6月21日 あなたへのラブソング 28AH1283
SRCL-185238th 1981年11月1日 THE CHRISTMAS ALBUM 28AH1369
SRCL-220439th 1983年3月5日 C’est Fini 28AH1467
SRCL-206440th 1986年5月2日 AT MY TIME 28AH-2026
32DH-43241st 1987年6月21日 TINTE BLUE 28AH-2201
32DH-68942nd 1987年12月2日 Recollection 28AH-2275
32DH-85543rd 1988年7月1日 カルヴァドスの風 28AH-5076
32DH-507644th 1989年2月1日 ミエと良子のショー泥棒 15EH-8065
15EH-806545th 1989年6月21日 Dear Hearts 32DH-5266
32DH-526646th 1990年4月13日 “We Shall Overcome”を歌った日 CSCL-1183
CSCL-118347th 1991年8月27日 なくしたものをあつめて SRCL-2235
SRCL-223548th 1991年10月1日 My Memories SRCL-2259-60
SRCL-2259-6049th 1992年10月21日 今、思い出してみて SRCL-2491
SRCL-249150th 1994年3月21日 手の中に… SRCL-2853
SRCL-285351st 1998年11月21日 禁じられた恋(月影で愛して) TECN-18446
TECN-1844652nd 1998年11月26日 TIME IS LONELY POCH-1743
POCH-174353rd 2002年3月27日 さとうきび畑 MUCD-1054
MUCD-105454th 2003年3月26日 ことばは風 MUCD-1071
MUCD-107155th 2003年10月29日 THE JAZZ SINGER
56th 2004年12月29日 あなたが好きで MUCD-1115
MUCD-111557th 2006年3月1日 Tears〜森山良子韓流アルバム MUCD-1135
MUCD-113558th 2008年3月5日 春夏秋冬 MUCD-1177
MUCD-117759th 2008年6月11日 森山良子 コンサートツアー 2007-2008 MUCD-1179-80
MUCD-1179-8060th 2009年2月25日 Living MUCD-1201
MUCD-120161st 2011年9月7日 すべてが歌になっていった MUCD-1252
MUCD-100262nd 2013年2月6日 Ryoko Classics MUCD-1272
MUCD-127263rd 2014年4月9日 森山良子 グレイテスト・ヒッツ MUCD-1294
MUCD-1294引用元:Wikipedia
以上がシングルでなくて、アルバムですよ。
何と、最初のアルバムは、今から55年前にリリースされたのです。
森山良子さんの長女、奈歩さん
森山良子さんが、 最初に結婚した一般人とされている方との子供が、森山奈歩さん( 1071年12月5日生まれ)です。
森山奈歩さんは2006年に結婚されました。小木まあるさん(2009年1月生まれ) とおっしゃる娘さんがおられます。
森山奈歩さんの母は歌手の森山良子で、両親は1971年ハワイで結婚するも4年
後に離婚、親権は母が持った。森山直太朗は異父弟。 ウクレレコーラスデュオ「Petty Booka(ペティブーカ)」
の2代目ペティとして1999年から2005年まで在籍( 主なアルバムは「Singin’ In The Rain」など)。ガレージバンド THE FLAMENCO A GO GOの元Voは初代ペティであり、別人である。ソロシンガーとし ては中島みゆきカバー・バージョン集『元気ですか』 に奈歩として参加。2022年3月、SXSW onlineの『 Japan Nite 2022』に、活動から離れていた「Petty Booka」として参加した。 御徒町凧主宰の劇団「凧の箱(カイトボックス)」
の旗揚げメンバーで、同劇団の演出助手でもある。 友人のまちゃまちゃの紹介で、
以前からファンだった小木と知り合い、2006年10月に結婚。 2009年1月に第1子を出産[2]。子供は森山良子にとって初 孫である[3]。結婚以降は表舞台から遠ざかっているが、 夫関連の仕事はたまに行っている。 引用元:Wikipedia
森山奈歩さんは、歌手として、主にJ-POPで活躍されました。
おぎはやの小木博明氏と結婚されています。
歌手を引退後、 異父兄弟である森山直太朗さんのマネージャーをされてるようです !
森山良子長男:直太朗さん
森山直太朗(1976年4月23日生まれ)は、 森山良子さんと再婚夫: ジェームズ滝さんとの間に生まれた長男です。
森山直太朗さんについては、詳しくは下記のURLについて記述しています。よろしければ、ご覧ください。
森山直太朗の結婚相手はピアニスト平井真美子さん!「さくら」が縁結び?
森山直太朗さんは、二枚目のシングルで「さくら」が大ブレイクした実力派のシンガーソングライターです。 アカペラで歌い出しが出来る事が、私が実力派と思う大きな根拠です。(その理由は後で述べます)
長男の直太朗さんも音楽に関わっている事はよく知られていますね 。
歌唱力が重視される、独唱「さくら」は余りにも有名です。
直太朗さんは、 サッカーに熱中していた青春時代を送っていたのです。
ある日、自作の曲を自宅で森山良子さんに披露しました。
森山良子さんは、「母親に歌って欲しい」と言う直太朗さんに、「 貴方が歌えば」とアドバイスされました。
森山良子さんは、(貴方が好きに歌ったら) と言う意味でアドバイスしたようです。
しかし、直太朗さんは、(歌手になったら)と思ったらしいです、
その母親の言葉をきっかけに歌手として活動することを思い始めた らしいです。
興味深い話ですね。
森山良子さんの今(まとめ)
先日のNHKの番組で興味深かったエピソードがあります。
森山良子さんは、直太朗さんの、「 今までで一番印象に残ってるコンサートは?」との質問に、
「数年前のコンサート!」と答えています。直太朗さんは、「デビューした頃でなくて、数年前???」と驚いたようです。50年前のコンサートよりも、数年前のコンサートを挙げたのです。70歳を超えてから森山良子さんの成長曲線が急激に上がってきていると思います。
又、森山良子さんは、直太朗さんに、「 人生は一瞬で終わるのではなく、長いから」と言ったそうです。
その意図は、(長いから、頑張って成長できる) と言う意味だそうです。
森山良子さんは、74才を迎えた現在でも、 昨日よりも上手くなる事を楽しみに活動しているそうです。
今後も、目が離せませんね。
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