橋幸夫が歌手引退を決意し大学入学決まる。ファイナルコンサートを開催!

橋幸夫さんは、昭和を代表する歌手です。この度、歌手引退を決意され、最後のコンサートツアーを始められました。引退後は、大学に入学も決まっています。
 橋幸夫さんが、引退すると決めた経過と理由、大学入学を決めた経過と理由について述べたいと思います。




橋幸夫さん略歴

 橋幸夫は1943年5月3日、東京・荒川区の呉服店に生まれた。9人兄弟の末っ子としてヤンチャに育ちボクシング界に誘われた橋幸夫。ことを知った橋の母は幸夫の将来を心配して、遠藤実氏の歌謡曲教室に通わせました。遠藤実氏と言えば、没後、国民栄誉賞を受賞した名作曲家です。橋幸夫さんは遠藤実氏に才能を認められ、17歳の高校2年時にビクターレコードからデビューを果たします。遠藤実氏に認められ、吉田正氏に師事した橋幸夫。(吉田正氏は、後に国民栄誉賞を受賞しています)

橋幸夫氏が、母親の勧めで、遠藤実氏の歌謡教室に通ったことが、今の歌手としての活躍の大きな転機になったのかと思うと、人生で人との出会いの大切さを痛感せざるを得ません。

1960年のデビュー曲「潮来笠」は大ヒットしました。そして第二回日本レコード大賞新人賞を受賞しました。そして第11回NHK紅白歌合戦にも出演しました。

1962年には、当時の国民的アイドルであり、現在もメディアに出続けている吉永小百合とのデュエット曲「いつでも夢を」が大ヒットしました。このデュエット曲で第4回レコード大賞を受賞しました。1966年には「霧氷」で第8回のレコード大賞(2回目)を取りました。その後、人気ドラマの主題歌「子連れ狼」もヒットさせるなど、昭和時代のトップ歌手の一人になりました。

橋幸夫は、昭和時代に「御三家」と言われた歌手の一人です。1960年代前半、共に10代でデビューし、スターとなった舟木一夫、西郷輝彦と橋幸夫の三人です。

 「御三家」の一人西郷輝彦との最後の会話

 訃報には驚きましたよ。彼ががんを公表する1年くらい前だったかな。「体調が悪い」ということを聞いていましたから、普段は僕からは電話することはなかったんだけど、「この頃、全然会わないなー」と連絡すると「いや、大丈夫ですよ。頑張っていまドラマをやっていますから」と。「歌を歌ってないじゃないか」と言うと、「歌はね、自分でも歌いたくないんで」。「頑張れよ」と言ったけど、それから1年くらい経ってがんを公表した。気にはなっていましたが、その後、会ったのも一昨年が最後になってしまいました。その時も西郷くんは僕には病気のことを全然言わなかったですね。御三家の中でも、彼が一番年下で、「テル、テル」と呼んでまるで弟のような存在だった。愛嬌があって、フットワークが軽くて、本当にいい奴だったんだけど、突然亡くなっちゃったのはびっくりしましたし、やっぱり寂しいですよ。

引用元:週刊新潮




橋幸夫さんが歌手引退を決意した理由

 誰もが、様々な理由で身を引く時が来ます。有名人であれば、引退は大きな出来事であり、自分の意志のみで引退できるものではないことが多いと思います。周囲の関係者にも納得してもらう必要がある場合あります。「引退」には、その人の心身の状態や家庭の事情、所属する団体の事情等が影響すると思われるからです。
 橋幸夫さんは、2022年5月での「歌手引退」発表をされました。昭和時代に「御三家の一人」と言われて一世を風靡した橋幸夫さんです。その橋幸夫さんが、「歌手を引退」とおっしゃっています。歌手は引退するけど、新たなことに挑戦されるとのです。
 スポーツ界を見たら、まだもう少しやれる、というところで身を引いている人が多いじゃないですか。友人でもありますが、相撲の元白鵬さんもそうですよね。全勝優勝した次の場所後に、惜しまれつつもスパッと引退したでしょ。そうした「引き際の美学」みたいなものが頭にあったんです。人に言われて仕方なく辞めるのではなく、自分で決める。そういうの、格好いいな、と思っていたんですよ。 〈橋幸夫ご本人談>
引用元:週刊新潮
 橋はファイナルコンサートを全国160カ所で行っている最中に胸中を語って下さいました。
 橋幸夫は、数々のヒット曲を生み出し、さわやかな美声を披露してきました。2021年の会見では、厳しい現実を述べています。そしてこの理由が、引退を決断した最大の理由だと思うのです。歌手ですから、当然と言えば当然ですが。

喉の調子がだんだん悪く

喉の調子はですね、10年ほど前、70歳くらいの頃から、だんだんとおかしくなってきたんです。風邪を引いたわけじゃないのに、少し発声をしていないだけで声が変調するということがあったんですね。  そして、2年前から新型コロナの感染拡大が始まりました。仕事が全部延期になり、歌を歌うことが減ってきてから、余計に声の調子が悪くなりました。お医者さんによれば、「声帯の筋肉が老化しています。」と。状態を維持する方法も教わって、それをやってはいるんですが、なかなか……。年を取ったら声がかれてくるというのは、これはもう仕方がないことですよね。  実際、ファンの方からも指摘を受けることが増えてきたんです。「大丈夫ですか?」と心配のお手紙をいただいたりして。ファンクラブの方は何百回も私の公演を見に来てくださっている。だから、小さな変化にも気が付くんですね。

引用元:「週刊新潮」

橋幸夫さんには、やはり、爽やかで張りのある歌声を聴衆は求めるでしょうし、橋幸夫さん自身が耐えられなくなったのでしょうね。

よくスポーツ選手が「満足できるパフォーマンスができなくなった」という言葉を引退時に使うことがありますが、そのような心境なのでしょう。

「周囲が認めてくれても、自分が納得できない」というところではないかとも思えます。

 

この仕事を続ける意味があるのか」

 一昨年、芸能生活60周年を迎えて、年も80近くになった。このまま歌っていくことは、ますます肉体的にしんどくなっていきますし、体調が良くないと、仕事に向かう気持ちも整えにくくなる。声のことを含めて、それらが維持できなくなってまで、この仕事を続ける意味があるのか、と考え始めたのが決断のきっかけです。  一方で、歌謡界の先輩方の中には、引退を明言せず、自然にいなくなってしまう、つまり「フェードアウト」する方もいます。それも自然でいいのかな、と思った時期もあるんですが、そういう場合、後々「今あの人はどうしている?」と世間の話題になってしまうことがありますよね。自分自身、その被写体になるのが嫌だったし、そうなると、ファンの方々が寂しがるじゃないですか。私の美学からいうと、それだったらはっきりと引退を発表した方がいい。そう思いました。  それに、「歌」を巡る世の状況がどんどん変わっていますよね。まず「のれん街」がない。飲み屋はありますが、現代風になっていて、「おい、一杯飲んで歌おうや」という雰囲気はなくなってしまっています。また、ラブソングも、夢のある歌も溢れていますが、それらのうちどれくらいが現実と結びついているのか。加えて、このコロナ禍で、そもそも人が集まることすら難しくなっている。歌を生業とする身としてはあまりに厳しい現実です。そんなこともあり、歌うことへの執着というものが次第に弱まってきました。

引用元:「週刊新潮」

・心身の状態については、私も身に染みてわかります。働くということは、業種にもよりますが、心技体がその人の中で高いバランスを維持しなければ、最高のパフォーマンスができないのではないかというのが、私の持論です。 勿論、他を圧倒するような能力があれば、50%の力を発揮できれば、充分な仕事ができるかもしれません。しかし、それでは、橋幸夫さん自身が納得できないのだと思いました。

・自然引退(フェードアウト)を選ばなかった事についても、橋幸夫さんの考えに共感します。特に、橋幸夫さんの場合、充分に歌謡界に貢献されたと思いますし、平成天皇ではないですが、心身が持たなくなるまで歌手活動に追われるのは、大変だと思います。しかも、橋幸夫さんは、次にやりたいことが明確に決まっています。もっと、色々と、今の心身の状態でできることに注力することで今後の人生を生き生きと生きていてほしいと思います。

・歌を巡る状況の変化についても、著しく同感いたします。更に付け加えるならば、最近では、ネットで音楽配信が多くなりました。聴衆と直接触れ合うライブ形式のコンサートは少なくなってきました。

 平成の時代になると、極端に日本が急ぎ足になってしまったように思います。古いものはすべてダメで、郷愁というものが消えてしまい、過去を振り返るとか、もう一度見つめ直すという営みがなくなってしまったのではないか、と。  また、世の中が便利になり過ぎた代わりに、情緒も消えてしまいました。例えば、昔は恋文一つ書くにしても、文房具屋に行って便箋を買い、万年筆で何度も何度も書き直しては郵便局に向かい、胸を高鳴らせながらポストに投函した。不便ですが、絵になる光景があったんです。今はポストどころか、手紙そのものを書かない。みんなメールかLINEでヒョイ、でしょ。それで失うものもあるんです。テンポが速い、スピードが速いのは悪いことではないし、スマホのようにいつでも何でも調べられるのは“進歩”ではあるけれど、世の中や人の情を破壊しているという気はします。  そんなことを感じていたところに、コロナ禍で業界自体もバラバラになってしまった。それが突き詰めれば引退の大きな理由のひとつです。これなら、早く辞めるという選択もあるのではないか、と思って……。

引用元:「週刊新潮」

・様々な思いが去来して、「歌手引退」を決断されたのですね。その決断を私は尊重したいです。

・まさしく昭和を生きてきた同世代としては、橋幸夫さん「よくぞ言ってくれました!」という感じですね。

・例えは適切ではないかもしれませんが、平成天皇が、生前退位を決断されたことと通じるものがあるような気がします。余力を残らなくなるまで頑張らなくてもよいと思います。橋さんの残りの人生を楽しんでいただきたいと切に思います。



橋幸夫さんの大学入学が決まる!

橋幸夫さんは、コロナ禍で歌手活動に制限が加わったり、キャンセルになったことが多々ありました。そのことが大きなきっかけになり、残りの人生をどう生きるかを深く考えるようになってきました。

 引退を発表した時の反響はすごかったんですよ。そのほとんどは「もっと頑張ってください」「歌えなくなるまでやってください」というもの。友人のさだまさしさんにも「死ぬまでやってほしい」と引き留められたんです。それはそれで嬉しいことだけど、もうやることはやり尽くした。年も取ってきたし、こんな時代だから……と気持ちを伝えたら、「そうですよね。わかりました」と言ってくれましたよ。  それに、声以外はまだどこかが駄目になったというわけではない。コロナ禍で仕事がキャンセルになる中、残りの人生をどう生きるかということも考えました。そこでもう一回、夢を見られるようなことを見つけたんですよ。だから、これからはそちらにチャレンジしていこうと。

引用元:週刊新潮

 

大学入学のきっかけ

〈かくして今回の決断に至った橋が「第二の人生」のメインにしたものは何か。〉

 大学で学ぶことにしました。六十ならぬ八十の手習いですよ。僕は忙しくて高校は実質2年しか通えていないから、60年振りの学生生活になります。といっても、通信制で、オンラインでの講義が主ですけどね。  今年度から京都芸術大学の通信教育部に、書画コースというのが新しくできたんです。引退を決めた後にそれを知り、思わぬ「縁」を感じました。  僕は40年ほど前から、書道を学んでいます。歌手をやっていると、サインをお願いされることがあるでしょ。あんまり下手な字じゃ申し訳ないと思って、高校で書道の先生をやっていた方に10年ちょっとは習っていました。  それが終わって、ある時テレビを見ていて、書道でも「キャレ文字」というのがあるのを知りました。キャレ文字というのは、書道でも少しモダンで、額に入れてインテリアとして飾るようなアートのことです。面白いな、と思ってテレビに出ていた先生に電話をかけて、スクールに入ったんです。そこで7~8年、2人の先生について習いました。その2人目の先生が久しぶりに電話をくれて、「橋さん、引退発表して新しい道を探していますか?」と。「はい」と言ったら、今度講師になります、と大学のことを教えてくれました。これは面白いな、と思って願書を出したら、1カ月後におめでとうございます、と合格通知が来たんですよ。とんとん拍子に話が進みました。

 その後、大学の事務局が「ありがとうございます」とご丁寧に電話をかけてくださいまして。「橋さんが入学することで校内でもかなりの反響があり、500人くらい書画コースに入ってくる学生さんがいるんですよ」と。それで、この4月3日の入学式では、新入生代表としてあいさつまでしました。「新しい夢と人生のスタートを切れることに喜びを感じています」と紋付羽織袴姿で。この年齢になりますが、学び足りなかった学生生活をもう一度楽しんでみたいですね。何とか頑張って4年間で卒業したい。それが今の目標です。  あっ、でも、勘違いされている方も多いようですが、芸能活動そのものを引退するわけではありませんよ。歌手を辞めるというだけで、例えば俳優の仕事のオファーが来れば、お受けすることもあるかもしれません。その意味ではまだ芸能人としては「現役」です。  僕にとって「老い」というのは天命。天から「お前は年なんだよ」と自戒を促された。そうして引退を決めた後に、こうやって新たな道を見つけられたことも、また何かの導きだと思っています。  残りの人生がどこまであるか。「いつでも夢を」持ちながら、精いっぱいエンジョイしていきたいですね。 引用元:週刊新潮

橋幸夫さんのように、お金に苦労はないと思われる方でも、学ぶことに前向きなのですね。

いや、お金に不自由されていないからかもしれませんね。自己実現・自己投資 等々、様々な言葉が使われますが、いくつになっても知識欲は衰えないと聞いたことがあります。




橋幸夫のファイナルコンサート開催

橋幸夫さんは、2021年から2022年にかけて、引退表明後のファイナルコンサートを敢行されます。

最後の生歌手・橋幸夫の雄姿を見るため、生歌を聞くため、トークを楽しむために、多くの聴衆が駆けつけることでしょう。

全国160カ所を回るファイナルコンサートがあるんですよ。この間も、事務所の社長に「殺す気ですか!」って笑いながら文句言ったりして。もう体を壊したり、ボケたりする暇もない。 引用元:「週刊新潮」  最後のコンサートとなると、まさに、「一期一会」の可能性大ですね。

橋幸夫さんの事ですから、全力を尽くしたコンサートになっているのでしょう。

お体をご自愛くださって、無事に乗り切って下さい。




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